1月1日に送付した質問にお答えいただけないので、1月27日に引き続き、かさねて 障害者支援費支給制度についての公開質問状
内閣総理大臣 小泉純一郎殿 厚生労働大臣 坂口 力 殿
本年度(2003年4月)より実施される、いわゆる「障害者支援費支給制度」について、当事者の立場からいくつかの質問をさせていただきます。 なぜなら、この制度は、私自身のみならず、全国の多くの障害者、およびその家族にとって、その生死にも関わる極めて重大な事態を引き起こしかねない、実に多くの問題を持っていると断言せざるを得ないからです。 この制度は、「措置から契約へ」という一見すると聞こえのよいかけ声の下に、障害者に対する介護サービスを民間に委託し、そこに競争原理を導入することによって、そのサービスを質的に向上させることをねらいとしています。「本人との自由契約」という原則も、一見非常に魅力的です。 ところが、実際にはどうかと申しますと、介護が必要なほどの障害者で、そんなに高額の所得を得られる者など、めったにいるとは思えません。ということは、その家族に負担を押しつけない限り、支給される支援費以上の自己負担の支払いは、ほとんど不可能ということになります。例えばほとんど寝たきりで、一日24時間介護が必要な、しかも年金収入だけが頼りの私たちのような者にとって、自分の生活を成り立たせるためには、一体どうすればよいのでしょうか? 一般的にいっても、家族は、いまや昔ほどの介護力をほとんど持っていません。それどころか、都市部だけでなく、むしろ地方において核家族化が進み、すでに行われている「介護保険制度」のもとでも、例えば「老老介護」といわれるような深刻な状況がなお解消できずにいることは、すでにご承知のことと思います。今、このような制度を導入することに、いったい、どれほどの効果が期待できるでしょうか…。事態は一層深刻になるとは思いませんか? とりわけ、近年私たちのような障害者、とくに一日24時間の介護を必要とする障害者たちの中にも、自立した生活を志向する者が、確実かつ急速に増えています。例えば昼は「自薦ヘルパー」、夜は「全身性障害者介護人派遣制度」を使った有償ボランティア、というように、介助者を自ら集めてこれを育て、時間ごとにローテーションを組んで、それで生活を成り立たせるのです。確かにそれは大変なことですが、このことによって自らの生活に社会的な広がりを持つことが可能だし、事実それができています。 そしてこれは、様々な意味で決して無視することの出来ない可能性を秘めています。しかもそれは、独り障害者だけに限ったことではありません。介助する側の人々にも、決して無視できない様々な影響を与えています。 国や地方自治体など行政がなすべきことは、こうした障害者たち自身の力が及ばないところを援助することであって、これらの人々の自律的な行動を奪うことではないはずです。こうしたことは、制度の変更にあたっても、十分に配慮すべきことでしょう。そうしなければ、日本はせっかくの大切な財産を、失ってしまうことにもなりかねません。 海外の先進国では、もはや障害者の自立は、かなり重度の者まで当たり前のことになっています。そしてそれがその国の社会に、あらゆる意味での豊かさをもたらしていることは、もはや誰もが知るところです。しかるに、わが国がこんな状態では、障害を持つ者の生存権さえ脅かしかねません。これは先進国を名乗る、日本の“恥”とも言えるのではないでしょうか。 日本の政府や地方自治体が、その財政を、なかなか立て直せないでいることは、日々の報道でもよく知っています。それゆえに、不要な経費をできる限り削減したいという願いは、理解できないではありません。 しかし、日本政府は「憲法の精神」を守って、ひとりひとりの国民の基本的人権を尊重し、これを保証するという立場を必ず貫いてくれることを私たちは信じています。必要な施策や、そのための人員まで削ることはなんとしても避けて頂きたいと切に願います。短期的な経費の削減のために、ただひとつのいのちをも犠牲にする施策をとられることのないよう、祈っています。 そこで、次に記す何点かの質問に、答えていただくことを切に希望いたしております。ぜひ納得のいくお答えをお待ちしています。
1. 小泉政権の「民営化」政策には、共感できる点も、ないではありません。しかし、こと「医療」や「福祉」などの分野には、それは必ずしもなじまないのではないでしょうか? もっと慎重に、具体的で、かつ詳細な調査や検討が必要なのではないかと考えますが、いかがお考えでしょうか?
2. 根本的に、質問したいことがあります。日本国憲法第25条に定められている「生存権の保障」を、市場での競争原理の導入だけで維持・徹底できるとお思いですか? もともと障害者は、その「競争原理」から弾かれた人達です。その、いわばマイナス要因を、同じサービスの売り買いで補えるのでしょうか。そうした人々の「介助」を、同じ競争原理で解決できるとお考えですか?
3. 手続きについて、質問します。 a.これほどの変更について、検討の経過も公表せず、いわば闇討ち的に打ち出してき たのは、一体どういう理由によるのですか? b.この制度の変更は、いつの時点で国民全体に公表されたのですか。これは単に現在 の対象者だけに説明するだけでいいというものではありません。一体いつ、社会的 な合意を形成したのですか? c.これほど急激な制度の変更では、当事者には有効な対応は不可能です。生死に関わ る問題でもあり、当事者たちに検討や準備にかかる十分な余裕を与えることは最低 限必要なことです。この点をいかがお考えでしょうか。
あえて繰り返しますが、これほどの根本的な制度改革を行うにあたっては、国民の間に十分なコンセンサスを形づくる努力が必要です。その際には、現在の時点での、いわゆる「少数者」の立場や意見にも配慮することが不可欠であることは、いうまでもありません。 こうした手続きを経ずにこの政策を強行するとすれば、それは到底「民主国家」の名に値しないといわれても、仕方ありません。他のどこかの国、たとえばイラクや北朝鮮を「独裁国家」呼ばわりすることなど、出来ないのではないでしょうか。 「なにを今ごろ」と受け取られるかもしれませんが、それは今まで、検討過程についての国からのはっきりとした情報公開がなされていなかったからです。3年前の社会福祉事業法の改正に伴う社会福祉法の一部改正で、たとえその基本的な方向性が決められていたとはいえ、それが具体的にどんな影響を自分たちに与えることになるのかということまで想像できる人が、一体どれだけいるでしょうか。それどころか、実際のところ担当部署の役人ですら、問いに答えられる人はほとんどいないのです。 たまたまこれにそれとなく危惧を感じていた、現在の当事者たちが伝え聞いて、一生懸命になって情報を引き出したからこそ、それを元に、やっと全貌がわかってきたのです。「今ごろ」という責任は、ひとえに国側にあります。それをどうお考えでしょうか?
たまたまの事故や病気によって、障害を持ち、日常的な介護が必要となる事態は、いつ、だれに起こっても不思議ではないことです。そういう意味で、実はこれは全国民的な問題なのです。 先にも述べたように、この制度改革は障害者全員にきわめて大きな影響を及ぼします。とくに一日24時間の介護が必要な脳性マヒなどの重度の身体障害者、それに知的障害者などは、自立どころか、生命の維持すらますます困難な状況に追いやられることは火を見るよりも明らかです。これまでの「措置制度」の下に、主として先進的な自治体の努力によってそれなりに整備されてきたものの方がよほどましだ、という声すらしばしば聞こえます。そして、実はそこに国民すべての命運がかかっているのです。 これまで、脳性マヒなどの生まれながらの障害者たちは、数十年にわたって周囲の目に抗しながら、時に社会的な運動を重ね、自らのいのちを開花させてきました。そしてこれは、日本の全国民の誇りでもあると確信しています。どうかその積み重ねを無にしないでください。
「障害者支援費支給制度」には、他にも問題点が多々あります。 さしあたり、私たちに直接問題となるのは、いわゆる「自薦ヘルパー」の行方についてです。これを無視できないことは、厚生労働省も認めているところですが、その受け皿については未だ明確な答えを得ていません。はたして民間の事業者が、その役割を担えるでしょうか? それが不可能だからといって、例えばNPO法人などに、押しつけてすむような問題だとはとても思えません。 ぜひとも地方自治体になんらかの補助を与えて、その自治体がこうした障害者の生活の自立を支援し、養護する母体となるよう、国として指導し、責任を果たしてほしいと切に願います。障害を持つものと、持たないものとの交流を、絶たないでください。これに関連して、介護者の「資格問題」についても再考をお願いします。
以上の件について、誠実な解答を期待します。
なお、今回あえて苦言を呈しておきたいことがあります。先日公になったように、この制度の利用に上限を設けることについて、その検討をこの時期に至るまで秘密裡に行っていたことは、極めて残念です。こうしたやり方こそが、これまで書いてきたような疑問を私たちに抱かせる当の要因となっているだけでなく、ますますそれを決定的なものにしてしまったのではないでしょうか。 極寒の中、全国から連日1000人を超える障害者やその関係者が厚生労働省前に抗議に訪れるなど、極めて異例な事態を招いてしまったのは、ひとえに現政権の責任といえます。もしこれが障害を持たない人々なら、数万人、あるいは数十万人を超える大結集にも等しい重みを持つ事実なのではないでしょうか。しかもこのことは、全国の地方自治体にも大混乱を引き起こし、様々な形で抗議の声があがっていると聞きます。 そしてそれは、現在の内閣、ひいては国の行政機関全体への不信にもつながるのではないでしょうか? 本来なら、これについて坂口厚生労働大臣が、その責任の所在を明らかにした上、はっきりとした謝罪と制度の白紙撤回、そしてこれに代わる新しい制度を創るにあたっての方法の明示をすべきところです。 それをせずに1月27日の段階で、障害者関係4団体の代表者を相手に「政治的な決着」を図ったことは、これら4団体の代表者の側にもおおいに責任があることとはいえ、きわめて残念なことです。私たちは、こうした方法にも、大きな疑問の念を抱かざるを得ません。 明快なお答えをお待ちしています。
また、今回は解答に特別な期限をあえてお願いしません。すみやかなお答えを期待してはおりますが、もしお答えがない場合は何度でもこの質問状をお送りしますので、どうかよろしくお願いいたします。
2003年4月1日
執筆責任者 遠藤 滋(重度障害者・寝たきり) 「えんとこ」(遠藤滋&介助者グループ) 他 賛同者 1348名 (うち海外からの支援者 10名)