“支えあう集合住宅”を世田谷に!

地域を再創造するモデルケースとしての“支えあう集合住宅”を世田谷に!

近年、都会では比較的高齢な世代の間に、孤独死の不安が広がっています。また若い世代の間でも、例えば出産や子育て、そして教育などに不安を持つ人が多いなど、実に多様な問題が生じています。災害時のことも無視できません。しかしこうしたことにも、十分対応できる方法があります。ここで大切なのは、市民が自らの打算や世間体などに流されず、自ら活動し、力と知恵を出し合ってゆくことです。

わたしたちは、新しい試みとして“支えあう集合住宅”を創る活動を始めました。言ってしまえば、四層なり五層なりの長屋のようなものです。もちろんコンクリート造りで、お互いの最低限のプライバシーは守りながら、共有のスペースを多く取って、支えあうところは支えあって生活してゆこうというものです。一部を近所の人たちにも開放します。

この支えあいの精神は、お互いに「私」である前に、ひとつの“いのち”であるという認識に依っています。お互いのありのままの“いのち”を自ら生かし、生かしあいながら生きることを現実の関係としてゆきます。たとえその“いのち”がどんな姿をしていたとしても。

そうすると、わたしたちには新しい社会的に自立した市民となりうる可能性が開けてきます。なんでもやりたいこと、好きなこと、得意なことをしながら、それらを有機的に関係づけて、仕事をし、暮らしあうのです。自分たちがつくってゆく社会なのですから、その社会にも関心や責任を持ちましょう。なんでもかんでも政治家やお役所頼みにするのではなく、自分たちで解決できることは積極的に解決してゆきましょう。地域を新しく創りなおすのです。

また、この“集合住宅”では、生ゴミを集めて発酵させ、バイオガス発電をする設備を備えることを考えています。近所からも集めてまわれば、それがひとつの仕事にもなります。“集合住宅”内であれば、トイレの排泄物も一緒にすることができます。それこそここに循環型社会をモデルとして体現できるというものです。

わたしたちは、他の地域にも同じような集合住宅ができることを願っています。そしてそれらとの間にネットワークを築きたいのです。場合によっては、それを基盤にして自分たちの政党をつくってもよい。でもそれは先の話です。ともあれこうした中からこそ本当の“絆”がうまれ、“地産地消”も可能になってゆくのではないでしょうか。

この構想は、長いあいだ露骨な差別の中で自ら劣等感に苛まれながらも、なんとか積極的に生きる拠り所を求めてきた障害者の間から生まれました。言い換えれば、障害を契機としなければ、この構想はあり得なかったのです。でも、いったん生まれてしまえば障害のあるなしは関係ありません。

その実現に向けての諸活動を、一緒にやってみませんか? そして自立した社会的な市民として育ちあってゆきませんか? 詳しくは以下のサイトをご覧ください。ご連絡をお待ちしています。

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