政治基本法

穏やかな春の日なるに今日よりは身を剥ぎつくす法施行さる

寝返りにひとの手足を借りるとも時間いくらと国の決めたり

教育基本改定の具体化が、意識にあってそれに触れようとしていた矢先、〈しののめ〉仲間の歌人から、彼の友人の遠藤滋氏の一連の短歌が転送されて来た。愕然と目が覚めた。そう、4月1日から、圧倒的与党の余勢を駆って、応益負担を強制する自立支援法が、実施されているのだ。その当日の天候は記憶に留めていないが、翌2日は激しい春雷が日本列島を駆け抜けて行った。それにしても、剥ぎつくす、とは穏やかでない。1割負担とは、9割は補助されているということなのだから良いではないか、文句なんか言うな、ということにもなりかねない。一般常識ではそうなるのだろう。だが私たちは、一般常識的な体力も経済力も持ち合わせていない。だからもう、判らない日本語になっているだろうが、“無い袖”を振らされるようなものだ。無いところからも吐き出させるのだから剥ぎ取るしかない。昔の追い剥ぎ並みに“下帯一本”は残してやるなのだろうが、果たして残るかどうか。少なくとも人並みに人中へ出て行けるだけのものを残す配慮は、どうにも感じにくい。この短歌の主は、生命を保持する自営手段として知人やボランティアを動員して、介護のローテーションを組んだ。もちろん、誰でもが組めるものでもないから、普遍的ではないだろう。だが、この自営手段すら、認めて許そうとはしない。試験と免許と報酬を整えない限り、責任ある人間の存在など考えられなくなっているのだ。受ける側の事情も個人と個人の契約なども構ってはいられない、となるに違いないのだ。二首目の歌の裏には、こうした事情と詠者の怨念が込められているのだ。決して理念や机上だけで作られたものではない。それこそ“重く受け止め”て貰わねば困るのだ。トイレどころか寝返りさせるのも資格と料金表を見詰めなければならなくなるのだろうか。規制緩和とはどこの国の言葉だろうか。

緩和とは言っても、どうも自主性の濃いものに責任を譲り渡す気は毛頭なさそうだ。業者が絡まない限り、何も始まりはしない。支援費と介護保険の重さの違いを、厚生労働省はケアマネの有無に求めた。膨れ上がる自己申請を抑えるべく、経験と資格を持つプロのケアマネによるケアプランを位置付けた。だから、プロといっても短時間外部からの接触によるものよりも、常時密着している家族もしくは本人が、プラン作りの主体になるべきではないのか、とする高齢者側関係者の動き(障害者のピアカウンセラー運動に通じるもの)もあまり顧みられなかった。それが最近になって耳を傾け目を向けるようになって来た・・・と、マイケアプランの主唱者・Sさんは表情を和らげた。私の意地悪な天の邪鬼は、ケアマネが福祉機器業者と癒着?してしまって、補装具や住宅改造費が膨れ上がって、経費削減が所期の目的を達しないことへの抑制策として、目を着けたのではないか・・・などと勘ぐってしまうのだが、ともあれ自主性が認められたのだから、まずは目出たい。

これほど資格とか経験が喧しく問われる日本に、そんなこと一切不問の“聖域”がある。政治界である。だからこそ名と顔が売れてさえいれば、ズブの門外漢(?女性は?)でも、刺客・仕掛け人として重要視され、罷り通ってしまう世界。余程の虚偽記載でもしない限り、経歴も資格も問題になることはない。人命に関わる仕事ほど資格も資質の適不適も、厳密に問われなければならないとされている。ならぱ政治家は本来、国・地域の人々の生命・財産に大きく関わっているはずの仕事ではないのか。かと言って、政権党による資格審査なんてことになるのは、ご免被りたい。日本はまだそこまで行っていないと思うのだが・・・。教育基本法論議では、愛国心がクローズアップされているようだ。伝統ある文化を持つ日本。その祖国を、負け組に追い遣られるのではなく、一般庶民が誰でもが愛せる国にして欲しいのだ。それを政治基本法に据えて欲しいのだ。

花田春兆

(日本障害者協議会「JDジャーナル6月号」“パラボラ”欄)

花田春兆:俳人・著述業 1925年生。1947年身障同人誌「しののめ」創刊。著書多数。遠藤にとっては、光明学校(現・都立光明養護学校)の大先輩にあたる。

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