夏の思い出に ――2003年伊豆への旅行――

この連作を佐藤涼子さんに捧ぐ


旅の初日

途上にて故障の車直すとて酷暑の中を三時間も待つ/初日より躓(つまづ)き幾つもありたれば山に着きしは九時を過ぎたり/ふもとにて暗きあまりに行過ぎぬ出会ひし人に山道尋ねき/よそ者の扱ひしつつ自転車を止めて農夫は道を教へぬ/連絡も入れず遅くに着きしゆゑわが友いたく心配しをり



西伊豆松崎、岩地の浜にて

高原の湖のごと澄みゐたり毎年来たる浜にありしも/入口(くち)狭く奥ひろがりし入江なり岩地の浜は波も静けき/緑多き山に囲まれし入江ゆゑ浜の向かひに露出せる岩肌/赤茶けて層をなしたる岩肌と山の緑と海のきらめき/さざめきてわれは海にぞ運ばれぬ立ちて歩みて手足の自在さ


浮きし時口に入りたる潮の味丁度よくして美味しかりけり/異変ある夏にてあれど中三日すべて晴れゐし幸運おもふ/満足に海につかるる暇もなきこの二年(ふたとせ)をかへりみるなり/わが身体三年(みとせ)前より明らかに機能衰ふこと確かめぬ/わが介助慣れしきみにぞ支へられ歩む脚にも腿重かりき


海に揺られふと上空を見上ぐれば日輪に虹の傘かかりをり/この三年(みとせ)心ならずも行きがたき浜にありてぞ心は晴れぬ




8月7日、西伊豆松崎 石部にて

ひたひたと潮満(うしほ)ち来し岸壁に繋がれし舟とうねりのたゆたひ/岸壁より溢るるばかりに潮(しほ)満ちぬ何処かで見しごと懐かしき風景/浜辺なる出湯につかりみんなして身体温む水着のままに/わが身体温めむとして抱きゐし十八の乙女の必死の想ひ/温まる湯滝の上にひっそりと彼岸花より出で立つ地蔵


出湯(いでゆ)より帰りし道の峠より湾をへだてて見えし富士の嶺/台風の余波かうねりの高まりし海の向かふの雲間の富士の嶺

 



わが友 白砂巌

数日前に北海道より帰りこし夫婦旅行の話弾めり/さりげなき気遣ひならむわざわざに山を下りてぞ鰹買ひこし/自らの手にてさばきし刺身一切れ一切れごとの味爽やかに/塩のみで味付けせしとふアラ汁の旨し懐かし心あたたむ/草木茂り鬱蒼とせし農場は蟻のごとくのそが歩みなり


いのちの森交流農場と名付けたる夢捨て難しとあらためて思ふ